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千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)1377号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金二四九二万一七五六円及びこれに対する昭和五五年二月二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和五五年二月二日、概要次のとおりの交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 昭和五五年二月二日午前零時三〇分頃

(二) 発生場所 千葉市鎌取町二八一三番地先路上

(三) 加害者 被告高橋

(四) 加害車両 自家用普通貨物車(千葉四四は五四二八号。以下、「被告車」という。)

(五) 被害者 原告(昭和三七年一二月一一日生)

(六) 被害車両 自家用原動機付自転車(千葉市か五八〇四号。以下、「原告車」という。)

(七) 加害車両保有者 被告秋葉

2  本件事故の原因、態様

右発生日時に発生場所において、被告車運転の被告高橋がカーブにさしかかつた際、制限速度を超えていたため、的確なハンドル、ブレーキ操作が出来ずに反対側車線に乗り出した過失により、折から同車線走行中の原告運転の原告車と正面衝突し、その衝激により原告を転倒せしめた。

3  責任原因

(一) 被告高橋関係

被告高橋は、本件事故原因により民法七〇九条に基づき、後記全損害につき、損害賠償債務を負担している。

(二) 被告秋葉関係

(1) 被告秋葉は本件事故当時、被告車の保有者として自己のために同車両を運行の用に供していたので、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、後記人損につき損害賠償債務を負担している。

(2) 被告秋葉は本件事故当時、被告高橋の使用人であり、本件事故は右使用関係における事業の執行につき発生したものであるから、被告秋葉は民法七一五条一項に基づき、後記全損害につき損害賠償債務を負担している。

4  原告の受傷、治療内容

(一) 受傷内容 右下腿骨開放骨折等

(二) 入通院場所 千葉市立病院

(三) 入院期間 昭和五五年二月二日から同年五月一五日まで(通算一〇三日間)

(四) 通院期間 昭和五五年五月一六日から同年一〇月二八日まで(内実通院日数一三日)

5  損害

(人損)

(一) 傷害関係 金二一九万八二五一円

(1) 治療費 金五七万〇三六二円

(2) コルセツト代 金四万六四五〇円

(備考)担当医が装着の必要を認めた。

(3) 入院付添費 金二〇万六〇〇〇円

(備考)入院期間一〇三日中、原告は両親の付添看護を受け、一日当り金二〇〇〇円相当の負担を被つた。

(4) 入院雑費 金五万一五〇〇円

(備考)入院期間一〇三日中、原告は一日当り金五〇〇円相当の入院雑費を支出した。

(5) 休業損害 金五二万二七五九円

(備考)(イ) 原告の本件事故前の平均月収入(昭和五四年一〇月ないし一二月)は金一五万二二六〇円である。

(ロ) 原告の休業期間は、右入院期間に相応している。

(6) 文書代 金一一八〇円

(7) 慰謝料 金八〇万円

(二) 後遺傷害関係 金二二六七万円

(1) 労働力喪失による逸失利益 金二〇三一万円

(根拠)

(イ) 本件事故当時の平均月収 金一五万二二六〇円

(ロ) 就労可能年数 五〇年

(ハ) 採用新ホフマン係数 二四・七〇一九

(ニ) 後遺傷害の内容

a 固定時 昭和五五年一〇月二八日

b 主訴及び自覚症 歩行時の右膝関接痛、右下肢の筋力低下、正座不能

c 他覚症 局所の痛痕形成、左右下肢の長短存在

(ホ) 労働能力喪失率 四五パーセント(後遺障害第八級)

(2) 慰謝料 金二三六万円

(物損)

原告車破損価額 金五万三五〇五円

(備考)原告車の修理代見積額

6  その他

原告は、本件事故の後遺症(右脛腓骨開放性骨折による右下肢機能障害)により、昭和五六年八月一七日千葉県から第四級の身体障害者と認定されている。

7  よつて、原告は被告両名に対し、3項記載の責任原因に基づき本件事故により被つた損害金二四九二万一七五六円及びこれに対する本件事故日たる昭和五五年二月二日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  請求原因2項の事実は否認する。

3  請求原因3項の主張は争う。

4  請求原因4項ないし6項の事実は不知。但し、5項(人損)(二)の後遺症に関する事実は否認する。

三  被告らの主張

1  本件事故につき、被告高橋に過失はない。即ち、本件事故は原告が無免許であるにもかかわらず追越禁止帯である本件事故現場において反対車線の中央を暴走したため、折から反対車線内を進行中の被告高橋運転の被告車と衝突したものである。

2  被告秋葉は本件事故における被告車の運行供用者ではなく、又本件事故は同被告の事業執行につき発生したものではない。

即ち、右車両は車検及び自動車損害賠償責任保険契約が期限到来により終了していたので、被告秋葉はこれを整備して再使用するか別途車を購入するか考慮中であつた。したがつて、被告秋葉は右車両を自ら使用しないことは勿論被告高橋にも使用を禁じ、業務上もこれを使用しなかつた。しかるに、被告高橋が本件事故前全く私用のために被告秋葉に内緒で同車の鍵を持ち出し、これを運行して本件事故にあつたものであつて、被告秋葉が同車両を自己のために運行の用に供し、運行支配を行つていたものではない。

3  本件事故は原告の過失によるものであり、被告秋葉及び同高橋には過失はなく、被告車には構造上の欠陥、機能上の障害はなかつた。

本件事故の原因、態様は、1項で主張したとおりであり、本件事故はいわば原告の一方的過失に基づく自傷事故ともいうべきものであつて、被告らには何らの過失もなく、被告車の構造上の欠陥等を窺わせる事情もない。

4  仮に以上の主張が認められなくても、本件事故の責任の大半は原告にあるから、被告らの賠償額を算定するに当つてはこの点を考慮すべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の本件事故の概要については当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様及びその原因について検討するに、右争いのない事実に加えて成立に争いのない乙第三ないし第七号証、証人野口重松の証言、原告及び被告高橋各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると次の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

1  本件事故現場付近道路は左右に湾曲し、事故現場は原告が進行して来た千葉市生実町方面から見ると一旦左方向に、次いで右方向に湾曲している道路のこの右方向への湾曲部分にさしかかつた付近であつて、事故当時あたりには街灯もなくて暗く、道路幅員も片側で二・七五メートル程度であり、道路両側には人家や竹藪等があつて必ずしも見通しは良好とはいえず、道路標識等により制限速度は時速四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止区間とされていたこと。

2  原告は無免許で原告車を運転し、センターライン付近を走行しながら本件事故現場に至り、被告高橋運転の被告車と衝突、転倒して負傷し、まもなく救急車で千葉市立病院へ搬送されたこと。

3  本件事故後千葉南警察署勤務の警察官野口重松及び同西野秀雄が現場に到着し、同所に残つていた被告高橋の指示説明により実況見分を行つたが、その際センターラインよりも約一メートル程度被告車の走行車線内に入つた付近に同車のフエンダー部分に付着していた土と同質のものと思われる土が落ちており、また、右土が落ちていた場所よりももう少し路肩寄りの所に被告車の破損したラジエターから漏れた水がこぼれ落ちているのが発見されたこと。

ところで、原告は本件事故の原因につき被告高橋がカーブにさしかかつた際制限速度を越えていたため的確なハンドル・ブレーキ操作ができず反対車線(原告走行車線)に乗り出したのが原因で本件事故が発生したと主張するのであるが、本件中には被告高橋がカーブにさしかかつた際制限速度を越えていたとか、あるいはそれがため的確なハンドル・ブレーキ操作ができなかつたとかの事実を認むべき証拠は存せず、本件事故直前被告車がセンターラインを越えていたのか否かについても直接これを認めるに足りる証拠は存しないところである。ただ、前記乙第五号証(原告立会の実況見分調書)、乙第六号証(原告の司法巡査に対する供述調書)及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告が本件事故発生の経緯として供述しているのはおよそ次のとおりと理解される。即ち、原告は友人宅からの帰途原告車を運転し、以前道路左端の山の中に転倒したことがあるのでセンターライン付近を走行しながら本件事故現場付近にさしかかり、当時先行車はなく衝突地点の手前約一六メートルの地点で前方約三八メートルの位置に対向してくる被告車を発見したが、自分の車はセンターラインは越えていなかつたので衝突するとは思わずそのまま進行したところ本件事故となつた、というものである。右供述によれば被告車がセンターラインを越えたため本件事故が惹起されたかのようであるが、その内容を子細に検討してみるに、右供述自体によるも衝突直前の被告車の動向が具体的でなく、同車を注視していなかつたのではないかとの印象を与えて不自然であるし、また、本件事故現場付近の状況は前記二1で認定したとおりであり、対向車とすれ違うについてはそれ相応の慎重な運転が要求される場所と認められるところ、原告が被告車を発見しながら何故進路を若干左にとることなく漫然とセンターライン付近を走行し続けたというのが、今一つ納得し難いところであり、加えて前記二3で認定した被告車フエンダー部分に付着していた土やラジエターから漏れた水が被告車走行車線上に残つていたとの事実をも考慮すれば、なおさら右供述はにわかに措信し難いものといわねばならない(もつとも右被告車走行車線内に土等が落ちていたとの事実については被告車フエンダー部に付着していた土と路上に落ちていた土との同一性及び衝突した瞬間にラジエターから路上にまで水が漏れ落ちるか否かの点で多少疑問がない訳ではないが、事故直後の、しかもいわば専門家たる警察官の現場を見たうえでの判断であるから、他に右判断を疑わしめる証拠も存しない以上原、被告車の衝突地点を認定するについての有力なる一資料であると認めるのが相当である。)。

一方、前記乙第三号証(被告高橋立会の実況見分調書)、乙第七号証(同被告の司法巡査に対する供述調書)及び同被告の本人尋問の結果によれば、同被告が本件事故の発生経緯として供述しているのはおよそ次のとおりと理解される。即ち、被告高橋は被告車を運転して本件事故現場にさしかかり、衝突地点の手前約六・九メートルの地点で対向車線前方約一三・二メートルの地点に対向車が二台あり、それと同時にこれを追越すべくセンターラインを越えて走行してきた原告車を前方約一六・八メートルの地点に発見し、急ブレーキをかけたが自車右前部が原告車の前輪と衝突してしまつた、というのである。右供述を前記原告の供述と比べてみると、対向車の有無及び原告が追越しをかけていたか否かの点で基本的に異なるものの、事故直前の状況については原告の供述よりも具体的であり、原告がいずれにせよセンターライン付近を走行していた事情についても一応納得のいく説明となつており、前記二3認定の事実とも符合するものと解されるところである。

本件中には他に本件事故の原因ないしはその態様を認定すべき証拠は存しないから、以上検討したところからすれば、本件事故の原因は、前記被告高橋が供述するとおり、原告車が先行車を追越すべく対向車線内に出て走行進行したため、対向車線を走行していた被告車と衝突したものと認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しないものというべきである。

三  以上のとおりであるから本件事故は原告の過失により発生したものであり、被告高橋については、同被告において原告車を発見するのが遅れた等の事情を窺わせる証拠もなく、前記同被告の供述する事実関係を前提とする限り同被告において原告車を避け得なかつたのもやむを得ないものと認められるから、本件事故については同被告には過失は存しないものといわねばならず、ましてや右事故につき被告秋葉に過失のないことは明らかであるし、右事故態様からして被告車には本件事故の原因となるべき構造上の欠陥または機能上の障害もなかつたものと認められる。

してみると、被告高橋の過失を前提とする原告の同被告に対する請求及び被告秋葉に対する民法七一五条一項に基づく請求はその前提を欠き、また、被告秋葉に対する自賠法三条に基づく請求も同法条但書に規定する免責の要件があることになつて、いずれもその余の点につき判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

四  以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村吉晃)

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